古今亭志ん生、八代目桂文楽、三遊亭圓生、古今亭志ん朝など過去の名人落語家の残された落語音源データを公開しています。 |
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鰍沢をゆく(その1) ― 2014年02月16日 07:00
関東地方では先週、そして今回と大雪で大変でしたが皆さんお住いの地域はどうだったでしょう。特に山梨県の状況は深刻で甲府では1メートル以上もの積雪だったとの事。お気楽な話題で申し訳ありませんが、我々落語ファンが「山梨県」そして「雪」と聞いて思い出すのが「鰍沢」ですね。
私は鰍沢を訪れたことが過去に2度あります。初めて行ったのが1997年、2度目が2009年の10月でした。甲府から身延線というローカル線に乗って40分ほどの所に「鰍沢口」という駅がありますが、鰍沢の町の中心は富士川の対岸で約2キロ距離があります。 圓生の「鰍沢」の一節を速記から見てみます。
お詣りを致しますのはたいてい順序もきまっておりまして、青柳の昌福寺(しょうふくじ)へお詣りを致しまして、それから小諸山(こもろさん)へ行って毒消しの護符(ごふゥ)をいただいて、法論石(ほうろんせき)へお詣りをして、いったん鰍沢へ出まして、それから身延のご本山へご参詣という、こりゃまァ順序ですが……
さて、2009年の旅行では鰍沢口駅前に1台だけ止まっていたタクシーに乗り、まず「小室山」へ向かいます。速記で「小諸山」と書かれているのは言葉の転化なのでしょうか、それともただの誤りなのでしょうか。 この寺は一般の人からも「小室山」と親しみを込めて呼ばれていまして寺号は「妙法寺」。もちろん日蓮宗の寺で6月のアジサイ祭りで有名だそう。10月に訪ねるというのも世間ずれした私らしさです。
タクシーの運転手さんに聞くと、この地は冬の寒さは厳しいがそれほど雪は降らないとの事。やはり落語は創作で実際はそんなに雪深い地ではないと思ったものです。鰍沢の町の中心部を抜けさらに山道を4キロほど登ると小さな門前町へ。
タクシーを降り、石段を歩いて登ると古めかしい寺の庫裡(くり)が現れました。玄関から入っても誰もおらず、掲げてあった番号に電話すると、しばらくしてどこからか寺の奥さんが参られました。参拝者が収めたお金もそのままにふだんから開け放しにしてあるのでしょうか。田舎ののどかさを感じます。
「毒消しの護符というのは今でもあるのですか?」「はい、ございますよ」。見ると盆の上に「消毒符」と書かれた小さな紙包みが幾つか置いてありました。一包み500円。
有難く頂き、どんなものかと紙包みを開いてみると小さな芥子粒が5粒ほど。果たして効果はあるのでしょうか。生憎とというか幸いというか効き目を試す機会もありませんが。
これから法論石、そして青柳の昌福寺へと向かいますが、長くなったので明日以降また記します。
私は鰍沢を訪れたことが過去に2度あります。初めて行ったのが1997年、2度目が2009年の10月でした。甲府から身延線というローカル線に乗って40分ほどの所に「鰍沢口」という駅がありますが、鰍沢の町の中心は富士川の対岸で約2キロ距離があります。 圓生の「鰍沢」の一節を速記から見てみます。
お詣りを致しますのはたいてい順序もきまっておりまして、青柳の昌福寺(しょうふくじ)へお詣りを致しまして、それから小諸山(こもろさん)へ行って毒消しの護符(ごふゥ)をいただいて、法論石(ほうろんせき)へお詣りをして、いったん鰍沢へ出まして、それから身延のご本山へご参詣という、こりゃまァ順序ですが……
さて、2009年の旅行では鰍沢口駅前に1台だけ止まっていたタクシーに乗り、まず「小室山」へ向かいます。速記で「小諸山」と書かれているのは言葉の転化なのでしょうか、それともただの誤りなのでしょうか。 この寺は一般の人からも「小室山」と親しみを込めて呼ばれていまして寺号は「妙法寺」。もちろん日蓮宗の寺で6月のアジサイ祭りで有名だそう。10月に訪ねるというのも世間ずれした私らしさです。
タクシーの運転手さんに聞くと、この地は冬の寒さは厳しいがそれほど雪は降らないとの事。やはり落語は創作で実際はそんなに雪深い地ではないと思ったものです。鰍沢の町の中心部を抜けさらに山道を4キロほど登ると小さな門前町へ。
タクシーを降り、石段を歩いて登ると古めかしい寺の庫裡(くり)が現れました。玄関から入っても誰もおらず、掲げてあった番号に電話すると、しばらくしてどこからか寺の奥さんが参られました。参拝者が収めたお金もそのままにふだんから開け放しにしてあるのでしょうか。田舎ののどかさを感じます。
「毒消しの護符というのは今でもあるのですか?」「はい、ございますよ」。見ると盆の上に「消毒符」と書かれた小さな紙包みが幾つか置いてありました。一包み500円。
有難く頂き、どんなものかと紙包みを開いてみると小さな芥子粒が5粒ほど。果たして効果はあるのでしょうか。生憎とというか幸いというか効き目を試す機会もありませんが。
これから法論石、そして青柳の昌福寺へと向かいますが、長くなったので明日以降また記します。
鰍沢をゆく(その2) ― 2014年02月16日 23:08
前項の続きです。この度の大雪による山梨県などでの窮状はツイッターなどのネットメディアでリアルな声を聞くことができます。それに比して既存のメディアでの扱いの小さいこと。東京で大雨だの大雪だのあればすぐにトップでデカデカと伝えるのに、既存メディアの東京中心主義は相変わらずですね。
で、鰍沢の話題の続きです。小室山で毒消しの護符をゲットし、しばらく寺を散策した後は、山合いの小さな門前町の坂道を下り徒歩10分程で法論石(ほうろんせき)へ。小室山は元々は真言の寺で、そこの住持であった善智法印(ぜんちほういん)と日蓮とが法論(というか念力合戦?)をしたといわれるのが法論石です。後にこの石の上にお堂が建てられ、懸腰寺(けんようじ)という寺となりました。
さて訪れたこの寺ですが、小さなお堂に人気はありません。近所の方に聞くと今日は住職は外出しているので勝手に中へ入ってお参りしてくださいとのこと。犯罪などとは無縁の平和な集落です。中に入るとお堂の下方に確かに縦横1.5メートルほどの巨石がありこれが法論石なのでしょう。
ここから鰍沢の町の中心まで戻るのですが、約4キロの距離で道は下る一方。時間に余裕があるし何よりタクシー代を浮かしたかったので歩いてゆきます。鰍沢の町へ出、この北側に隣接するのが青柳の町。次の訪問地は青柳の昌福寺(しょうふくじ)です。小室山と縁の深い寺で、十二世上人の一道院日法が加持祈祷で時の天皇の病気を平癒させ「日本第一大験者」の号を送られたとのこと。町中の寺にも関わらず広い境内はひっそりとしており訪れる人もほとんどありません。
今回訪れた寺が、かつては身延山へ参る人々が立ち寄る一般的なコースでした。目的地ばかりが信仰の場ではない。そこへたどり着くまでのさまざまな経験も信仰なのだ。結果を急ぎすぎる現代人にこれら寺々は何か語りかけているようです。
で、鰍沢の話題の続きです。小室山で毒消しの護符をゲットし、しばらく寺を散策した後は、山合いの小さな門前町の坂道を下り徒歩10分程で法論石(ほうろんせき)へ。小室山は元々は真言の寺で、そこの住持であった善智法印(ぜんちほういん)と日蓮とが法論(というか念力合戦?)をしたといわれるのが法論石です。後にこの石の上にお堂が建てられ、懸腰寺(けんようじ)という寺となりました。
さて訪れたこの寺ですが、小さなお堂に人気はありません。近所の方に聞くと今日は住職は外出しているので勝手に中へ入ってお参りしてくださいとのこと。犯罪などとは無縁の平和な集落です。中に入るとお堂の下方に確かに縦横1.5メートルほどの巨石がありこれが法論石なのでしょう。
ここから鰍沢の町の中心まで戻るのですが、約4キロの距離で道は下る一方。時間に余裕があるし何よりタクシー代を浮かしたかったので歩いてゆきます。鰍沢の町へ出、この北側に隣接するのが青柳の町。次の訪問地は青柳の昌福寺(しょうふくじ)です。小室山と縁の深い寺で、十二世上人の一道院日法が加持祈祷で時の天皇の病気を平癒させ「日本第一大験者」の号を送られたとのこと。町中の寺にも関わらず広い境内はひっそりとしており訪れる人もほとんどありません。
今回訪れた寺が、かつては身延山へ参る人々が立ち寄る一般的なコースでした。目的地ばかりが信仰の場ではない。そこへたどり着くまでのさまざまな経験も信仰なのだ。結果を急ぎすぎる現代人にこれら寺々は何か語りかけているようです。
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